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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1714号 判決 1968年3月25日

控訴人 株式会社登茂商会

みぎ代表者代表取締役 島井徳一

みぎ訴訟代理人弁護士 植垣幸雄

同 林田崇

被控訴人 金海貞雲こと 金鐘夏

<ほか一名>

みぎ両名訴訟代理人弁護士 奥田忠司

同 奥田忠策

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人らは主文同旨の判決を求め、

被控訴代理人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張は、つぎのとおりの追加訂正をするほか、原判決の第三争いのない事実および第四争点の各項記載と同一であるので、みぎ記載を引用する。

原判決五枚目表二行目終りの次に行を変えて、

「四、控訴人の抗弁に対する被控訴人らの答弁

控訴人に、本件事故に関し、自動車損害賠償保障法(以下自賠法と称する)三条但書所定の免責事由のあることは否認する。

(一)  控訴人および控訴人車(後出大五む一六三八号)の運転者訴外島井清光が本件事故に関し無過失であった旨の控訴人の抗弁事実は否認する。みぎ島井清光の本件乗用自動車運転上の過失は、同人には、道路の曲り角附近、上り坂の頂上附近にあたる本件事故現場にさしかかると即時徐行し(道路交通法(以下道交法と略する)四二条)、みぎ地形上他人に危害を及ぼさないような速度と方法で安全運転する(道交法七〇条)各義務があるに拘らず、これらを怠り、単車二台が二〇米の間隔をおいてそれぞれ自動車の手前四、五〇米の間に曲り角頂点を中央線よりふくれて自動車の正面に向って対向してくるのを認めながら、先行単車と無事離合したことに安心して本件後行単車に対する前方注視を欠いた結果、自車の右前照燈すなわち右角(隅)部を本件単車の(機首を山肌側に後部荷台を川原側にして横向きになって来た)後部に激突させた点にある。

(二)  訴外島井清光は本件事故直前に前方注視義務を怠り、事故の危険に直面してハンドルの操作を誤まった。また、道交法四二条所定の徐行義務、同法五四条所定の警音器使用義務その他の事故発生防止義務を完全に履行しなかった。

(1)  昭和四二年七月二七日現場検証の際における控訴人側の指示によると、『島井は前方約三七メートルの地点で本件単車を発見し、その発見地点より約四米進行した地点で危険を感じた』とあるが、みぎ島井が危険を感じたとされる地点からでも、前方の本件単車を注視し、自動車のハンドル操作を適切迅速に左いっぱいに切っておれば、本件衝突を回避し得たことは常識上明らかである(本件自動車前照燈附近と本件単車後部荷台とは本件自動車が更に二〇度左ヘハンドルを切れば接触せずに済んでものである。然るに訴外島井はみぎ接触事故発生を防止するためにハンドルを左いっぱいに切って、左端のガード・レールにあたる位までよける等万全の措置を執っていない。ちなみに、みぎ島井が左いっぱいにハンドルを切ったとの証拠は絶無である。)。事故直後いの一番に現場に急行した証人戸崎の証言によれば『その時島井清光は自動車内にあって震えていた』とあるのによっても明らかなように、島井は本件事故直後も呆然自失して自車内に居たままで、被害者を来合せた自動車に運び込む手助けをしなかったが、これはみぎ島井が本件事故発生の際に恐怖等のために周章狼狽して前方注視、ハンドルおよびブレーキ操作のいずれも適切を欠き、本件事故を発生させたものであることを示すのである。

(2)  本件事故現場は道交法四二条にいわゆる「道路のまがりかど附近」にあたるところ、訴外島井清光は同法二条二〇号にいわゆる『車両等が直ちに停止することができるような速度で進行すること』をしていなかった。控訴人の主張によっても『訴外島井清光は本件接触事故の危険を感じて急制動をかけてから約一〇米前進して停止した』とある。みぎ停止距離一〇米を生ずる速度はみぎ法条にいわゆる『直ちに停止する』徐行には当らないし、また、停止距離一〇米を要する時速は二五キロメートルよりむしろ、四〇キロメートルであるとするが妥当であることから考えて、当時、控訴人がその主張するとおりに時速四〇キロメートルから二五キロメートルまで減速する措置をとったとは信じられない(このことは本件の場合控訴人車が控訴人主張の新車同様の整備の行届いたものであればあるほど停止距離は基準どおりであるから、急停車措置当時控訴人車が時速二五キロメートルまで減速されていたことは信じられないことになる。)。

つぎに、本件事故現場は道交法五四条一項二号後段にいわゆる『見とおしのきかない道路のまがりかど』にあたり、したがってそこを通行しようとする訴外島井清光は速やかに警音器を吹鳴しなければならないところ、同訴外人はこれを怠った。

(三)  控訴人は『亡金光旭には道交法五五条三項違反の過失がある』旨主張するが、第一種原動機付自転車の後部荷台への乗車すなわちいわゆる相乗りは交通頻繁な場所においてのみ禁止され(兵庫県の道路交通取締規則)、全面的に禁止されているのではない。京阪神都市の市街地の交通頻繁な所ならいざ知らず、本件事故の現場のような山間部のしかも本件事故当時交通量は少い方であったから、みぎ相乗りが禁止されていた筈はないのである。したがってこの点に関する控訴人の非難は失当である。

仮に、亡金光旭にも過失があったとしても、運転には何ら関係していないから、その過失は軽微なもので、本件事故原因の四〇パーセントに当るように過大なものではない。」

と追加挿入する。

原判決五枚目表三行目および四行目の「(被告の主張)」および「一、訴外清光には被告車の運転につき過失はなかった。」との各記載をつぎのとおりに改める。

「(控訴人の抗弁)

一、本件の事故に関し、控訴人自身になんら過失がないのはもちろん、控訴人車の運転について訴外島井清光にもなんらの過失もなかった。

(一)  訴外島井清光は控訴人車を運転して道路左側を約四〇キロメートル毎時の速度で西進していたが、本件事故現場手前で一台の単車が相当早い速度で道路のセンターライン附近を東進してきたので、危険を感じ約二五キロメートル毎時に減速し進路を左寄りに移してみぎ単車と離合し、右側にカーブした道路を前方に注意しながら曲ろうとしたとき、前記訴外佐藤の運転する訴外車が右側の山かげから現われて道路のセンターラインを大きくこえて対向してきたのを認め、危険を感じて左にハンドルをきりつつ急ブレーキをかけ、約一〇米足らず進んで停車したが、その直後に訴外車が衝突したものである。

みぎのように、訴外清光は、本件事故直前に控訴人車を、

(1)  制限速度(六〇キロメートル毎時)の範囲内において二五キロメートル毎時で運転し、

(2)  センターラインの内側を進行させ、

(3)  前方注視を怠らず、

(4)  訴外佐藤保男運転の単車が突然島井清光進行の前面に現われ、しかもセンターラインを大きく超えて対向して来たことに気付き、急いでハンドルを左にきりつつ急制動の措置を講じ直ちに停止した

のであるから、みぎ訴外清光の措置にはなんらの過失はない。

(二)  証人島井清光の原審における証言中に、『本件事故発生直前に同証人は一〇米前方に訴外車を認めた』旨の供述があるが、みぎ一〇米の目測は誤りである。すなわち、みぎ一〇米の距離は、時速二五キロメートルの速度で進行中の車中から、時速六〇キロメートルの高速でセンターラインを大きく超えて対向して来た訴外車を見て、瞬間に衝突の危険を感じて急制動の措置をとった際、一瞬脳裡に浮んだ距離の目測であって、直観的感覚的なものであるから、正確な距離ではなく、停止状態で静観した場合の目測又は衡器を用いた測量の場合の数字と異るのもやむを得ない。事実当審における検証の結果および同証人の証言によれば、訴外清光が訴外車を見付けた際の両車の距離は実測三〇数メートルであり、訴外車発見から事故発生までの間に、控訴人車が約一〇メートル前進して停車し、訴外車は時速六〇キロメートル以上の速度で二〇メートル以上進行して控訴人車と衝突した地点に達したと理解することができる。

(三)  車輛の運転者は、見とおしの悪いカーブに差掛った際には、減速してセンターラインを超えないように道路左側を進行することを要することは道交法の規定をまつまでもない常識である。したがって、車輛の運転者が対向車道を進行する車輛についてみぎルールに従って進行するものと期待するのは当然のことであるが、その期待に反して本件の場合の訴外佐藤のような無暴運転をする者があることを事前に察知することは不可能であり、本件の場合の訴外清光にもこのような通常起り得ない事態の発生を予見すべき義務はない。そして訴外清光が訴外車発見の一瞬後にとった前述の措置は事故発生を防止するものとして完全に適切であるから、訴外清光にはなんらの過失もない。

訴外清光に対して、これ以上の事前の予見や機敏な措置を期待し、本件事故発生を未然に防止する措置をとる義務があるとするのは、人力の到底及ばない措置を要求するものとして不能を強いるものであって、このような期待は法律上の過失責任の範疇に属しない。訴外清光は本件事故発生原因となるような過失を犯していない。」

≪証拠省略≫

理由

一、当事者間に争いがない事実

昭和三九年一二月六日午後三時四〇分頃、訴外島井清光が控訴会社所有の普通乗用自動車(大五む一六三八号以下控訴人車と略称する。)を運転して、兵庫県宝塚市から同県三田市に通ずる三田街道を宝塚市方面から三田市方面へ西向きに進行中、同県西宮市山口町下山口一六三七番地の五先の道路上において、対向して来た訴外佐藤保男の運転する第一種原動機付自転車(以下訴外車と云う)と接触し、ために訴外車後部荷台に同乗していた金光旭がその場に転倒して受傷し、間もなく死亡したこと、および控訴人が金融業を営み、その業務のために控訴人車を訴外清光に運転させていたものであることは当事者間に争いがない。

二、控訴人は、本件の自動車事故に関し、控訴人には自賠法三条但書の免責事由が完備していると主張するので、この点について判断する。

(一)  事実の認定

この点に関する当裁判所の事実の認定は、つぎの追加変更削除をするほか、原判決六枚目表冒頭から七枚目裏一行目終りまでの記載のとおりであるのでみぎ記載を引用する。原判決六枚目冒頭から同九行目終りまでをつぎのとおり変更する。

「≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、前記通称三田街道が山間を縫って北側(三田市の方を向いて右側)は高く南側(前同左側)は低い山の斜面を通り、西方(三田市の方向)に向って緩るい上り勾配をなし、北側にせり出している崖を廻って右側(山寄り)へ可なり強度に彎曲したカーブをなしていて、道路の南側(カーブ外側)は下り崖に臨んでいるので(程遠くない下を谷川が流れている)道路端にガードレールが設置されているが、北側(カーブ内側)には可なり急斜面の断崖がせり出し、道の行く手の視界を遮えぎり見とおしが悪るく、その路面は、当時から、平たんで幅七・五メートルあり、車道と歩道の区別なく、アスファルト舗装がほどこされ、中央にはセンターラインを標示する鋲が打ち込まれ、センターラインを明瞭に見分けることができた。」

同一〇行目の「法定」との記載の次に「(道交法二二条一項同施行令一一条)」と、同枚目裏九行目に「対向車道に進入し」とある次に「カーブ外側のガードレールにほとんど触れようとする地点まで入り込んだが、」と挿入追加する。

同七枚目表一行目冒頭から同一一行目終りまでをつぎのとおり変更する。

「(4) 一方訴外清光は控訴人車を運転して道路左側を約四〇キロメートル毎時の速度で西進していたが、本件事故現場手前で一台の単車が相当速い速度で道路のセンターライン附近を東進してきたので危険を感じ、クラクションを鳴らし、緩ブレーキを踏みつつ三〇キロメートル弱毎時に徐々に減速し、進路を左寄りに移してみぎ単車と離合し、さらにクラクションを鳴らして右側にカーブした道路を前方に注意しながら曲ろうとしたとき、前記佐藤の運転する訴外車が右側(カーブ内側)の崖のかげから現われたのを約四一メートル前方に認めて更に緩ブレーキを強めてなお一層減速し、その一瞬後にみぎ訴外車が道路のセンターラインを大きく超えて対向して来つつあるのに気付いて危険を感じ、直ちに左にハンドルをきりつつ急ブレーキをかけたが人間の行動意思の発生から身体の動作の発動までに生理的に必然的に要する時間とブレーキの始動から発効までに機械的に必然的に要する時間とのために、訴外清光が道路センターラインを超えて対向して来つつある訴外車を認めてから時間にして約一秒余距離にして約九メートルを進行した時地点でブレーキが発効し、その一瞬前までには控訴人車は前述の緩ブレーキの効果によって一五キロメートル毎時以下の速度に減速していたので、約〇・五メートルをスリップしただけで停車し、停車と同時くらいに訴外車と衝突した。」

同枚目裏一行目の「西向車道上であった。」とあるのを。「西向車道上であって、訴外清光が最初に訴外車を認めた際に控訴人車の所在した位置から西へ約一三メートル進んだ地点で、その際に訴外車の所在した位置から東へ約二八メートル進んだ地点であった。」と変更追加する。

≪証拠判断省略≫

被控訴人らは訴外清光が最初に訴外車を見付けた際の控訴人車と訴外車との距離は数一〇メートルで前認定の四一メートルよりも長距離であった旨を主張するが、それは被控訴人らが事故発生の場所を前認定の場所より可なり東寄りに主張するために生じた誤差であって、事故発生の場所が前認定の場所である限り、道路北側(三田市の方へ向って右手カーブ内側)にせり出た崖が行く手の視界を遮っている現場の地理的関係から考えて、両車の間隔は前認定の四一メートルであった(それ以上の距離の見通しは地理的に困難である)と認めるが相当である。被控訴人は訴外清光が危険を感じて控訴人車に急ブレーキをかける直前の控訴人車の速度は四〇キロメートル毎時であった旨主張するが、前認定の訴外清光が最初に訴外車を認めた時に各車の所在した地点から両車が接触した地点までの距離に徴すれば、その間の控訴人車の平均速度は訴外車の速度(それが約六〇キロメートル毎時であったことは前認定のとおりである)の半分以下であることおよび道路面のスリップ跡が〇・五メートルである点に徴すればブレーキの発効直前当時は更に著しく減速されて一五キロメートル毎時以下の速度であったことを認めることができる。被控訴人は、訴外清光は、センターラインを越えて西向車の走行路面に侵入して対向して来る訴外車を認めた後も、控訴人車に急ブレーキをかけただけで、そのハンドルを十分左へきらなかった旨主張するが≪証拠省略≫によれば、事故発生の日司法警察官が事故現場の実況見分をした際には、訴外清光が控訴人車に急ブレーキをかけた際に控訴人車が路面につけた長さ〇・五メートルのスリップの痕跡が残っていたことが認められるから、みぎ痕跡から訴外清光が接触事故発生直前に控訴人車のハンドルを左にきりつつ同時に急ブレーキをかけたことが認められ、みぎ認定を覆すに足る証拠はない。そして、このように、方向転換を行うと同時に急ブレーキをかけるときは、速度が遅く急ブレーキの効果が顕著であればある程方向転換の度合は少くなるのは理の当然であるから、三〇キロメートル弱の速度(もっともこの速度は計算上の平均数値で減速の効果は直ちに生ずるものではないから衝突直前急ブレーキをかけたときの速度はこれよりも相当下廻り毎時一五キロ以下なることはスリップ痕の長さからも推認できる。)で進行中の普通乗用車が方向転換のハンドルをきると同時に急ブレーキをかけたときは急ブレーキのききめが強く十分な方向転換の効果を生じないのであって、控訴人車と訴外車が接触した当時の控訴人車の位置が前認定のとおりである以上、当時訴外清光が控訴人車のハンドルを十分左へきらなかったと云うことはできない。むしろ反対に速い速度で運転し急ブレーキをかけるならガードレールの所まで突進することができるのであって、ハンドル操作の効果が十分にあがらなかったことはその速度の遅かったことを証明するものである。

以上の理由によって、前認定に反する被控訴人の各主張はすべて採用することができない。

(二)  運転者訴外清光が注意を怠らなかった旨の主張について。

以上の認定事実に基づいて、訴外清光が当時控訴人車を運転するにつき運転者としての注意義務を尽したかどうかについて判断する。

(1)  本件事故発生直前訴外清光が控訴人車を運転して事故現場にさしかかった際には、同訴外人が前方を注視していたことは前認定のとおりであるから、同訴外人には前方注視義務を怠った過失はなかったと云うことができる。

(2)  自動車運転者が、本件事故現場における訴外清光のように、自分の進行する道路が向って右方に可なり強度に彎曲していて(すなわち、自車の進行路面はカーブの外側寄りとなる)、そのカーブの内側の道路わきに行く手の視界を遮えぎる遮蔽物があり、且つ対向車にとっては下り勾配になっている(本件の場合は、事故路面は僅かではあるが西から東へ下り勾配であることは前認定のとおりである)道路上で自動車を走行する場合には、たとえ路面の幅が対向車とすれ違うのに危険を感じない程度に十分に広く且つ路面の中央に明瞭に見ることができるセンターラインの標識が表示されていても、対向車がみぎ遮蔽物のかげから突然に現われ、しかも加速度に乗ってカーブを曲る際の遠心力によってセンターラインを越えて自車の進路に侵入して来る可能性があることは予見可能なことであり、みぎのような対向車との接触の危険もまた予見可能なことであるので、このような道路上で自動車を運行する運転者は、みぎ予見される危険を避けるために、(イ)徐行すなわち自動車が直ちに停止できるような速度で進行し(道交法四二条、二条二〇号)、(ロ)路面の左側に寄って進行し(道交法一七条参照)、(ハ)警音器を鳴らす(道交法五四条一号)ことが、通常の見とおしのきかない曲りかど附近の場合以上に強く要請される。本件の場合、訴外清光は、前認定のとおりに、自動車の速度を平均三〇キロメートル弱毎時になるまで徐々に減速し、進路を左寄りに移し、クラクションを鳴らして、前述の予見可能な危険に対する予防的措置を講じているのであるから、訴外清光は前記(イ)ないし(ハ)の注意義務を尽したものと云うべきであり、これらの点において訴外清光に注意義務違反はなかったことを認めることができる。ただ、本件の場合には、実際には対向車との間に接触事故を起しているので、前認定の三〇キロメートル弱毎時の速度は徐行、すなわち自動車を直ちに停止できるような速度に該当せず、また当時訴外清光が控訴人車の進路を左寄りに移した度合が少きに失していて、その点においてみぎ訴外人に当時控訴人車運転について過失があったのではないかとの疑いを生ずるおそれがあるが、つぎの理由によってみぎ疑は相当でない、すなわち、本件の具体的な場合には、前認定のように、たまたま、対向して来た訴外車が、本件の事故現場のようなカーブを進行する場合には通常考えられない六〇キロメートル毎時と云うような途方もない高速度で走行して来て、センターラインを越えて控訴人車の進路前をよぎりカーブ外側のガードレールに今少しで触れる地点まで入り込んで来て急に左にカーブして後部を右に振り横向きに控訴人車の前に立ち塞ったために、前認定の訴外清光のとった徐行と避譲の措置では事故の発生を防止することができなかったのであって、本件の場合にも、訴外佐藤の運転する訴外車が前認定の地形の本件事故のあったカーブで通常予見することが可能な限度の対向車の無謀運転、すなわち四〇キロメートル毎時を超えない速度で多少センターラインを越えて対向車道に侵入して来る程度の運転であれば前認定の訴外清光の徐行と避譲の措置で十分に無謀運転の対向車との接触事故を避けることができた筈であったのである。換言すれば、本件の具体的の場合の訴外佐藤の訴外車の運転は、通常人の常識をもってはこのような運転をする者があろうとは予見することが不可能な程に無謀極まる運転であって、当時における訴外清光にとっても予見可能な範囲を逸脱するものであったから、同訴外人にはこのように予見不可能な危険に予め備えて徐行避譲する注意義務はなかったわけである。そして、前認定の同訴外人の徐行避譲の措置は、本件事故の発生したカーブで通常予見可能な交通事故の危険を回避、防止するに足る措置であった(現にスリップ痕の長さ僅か〇・五米を遺して急停車しているのである。)から、たとえ予見不可能な本件具体的な接触事故を回避防止するに足るものでなかったとしても、同訴外人は前認定の措置をとることによって本件の具体的場合においても注意義務を尽したものと解することができる。みぎ当裁判所の判断と異る被控訴人の主張は採用できない。

訴外清光が訴外佐藤運転の訴外車に先行する他の単車が東進して来たので危険を感じてクラクションを鳴らし、さらにみぎ単車と離合して後もクラクションを鳴らしたことは前認定のとおりであるから、本件の場合訴外清光は見とおしの悪るい曲りかど附近では警音器を鳴らさねばならない運転者としての注意義務をはたしたものと云わねばならない。

(3)  前認定のように、訴外清光は対向して来る訴外佐藤運転の訴外車が右側の崖のかげから現われたのを約四一メートル前方に認め、その一瞬後にみぎ訴外車が道路のセンターラインを大きく越えて対向しつつあるのに気付いて危険を感じ、急いで控訴人車のハンドルを左にきりつつ急ブレーキをかけ約九メートル進んで停車しその間の緩、急ブレーキによる控訴人車の減速停止も前認定のとおりであるから、その間における訴外清光の控訴人車の運転には過失はなかったと云うことができる。

被控訴人は仮りに控訴人の主張が真実であるとして、控訴人の主張に従っても、訴外清光が訴外車を初めて認めた際には控訴人車と訴外車との距離は三七メートル(それが四一メートルあることは前認定のとおりである)もあったから、その時から両車接触の時までの間に訴外清光が控訴人車を冷静適切に運転していたならば本件接触事故は避けることができた筈であったのに、訴外清光が狼狽して適切な運転をしなかったために本件事故が発生したと主張する。

なるほど、本件争点の認定に用いた前顕の各証拠によれば、訴外車はそれが右手の崖のかげから現われて訴外清光の視界に入った当初からセンターラインを既に越しているのであって、ただ事故現場の地理、殊に訴外清光が訴外車を見た角度の関係から、当初瞬間的には訴外車がセンターラインをこえて控訴人車の進路に進入していることを識別することが困難であったことを認めることができる。しかし、みぎの事情の下では、同訴外人が訴外車のセンターラインをこえていることを認めて控訴人車のハンドルを左にきりつつ急ブレーキをかけたのが、同訴外人が当初訴外車を認めた時より一瞬おくれたことを目して同訴外人の過失であると云うのは相当でない。けだし、本件接触前、すなわち訴外清光が訴外車を発見してから両車が接触するまでの間の接触両車の平均速度の合計は九〇キロメートル毎時であって秒速に換算すれば二五メートルに当り、訴外清光が訴外車を当初に認めた時から両車接触の時まで一・六四秒しか経過していない計算となり、訴外清光が訴外車発見後〇・五秒で訴外車がセンターラインをこえて対向して来ることに気付いて(訴外清光が当審検証現場で指示説明するところによれば、同訴外人が訴外車を発見して後みぎ訴外車がセンターラインをこえていることに気付いてブレーキをかける等の措置をとる意思を生ずるまでの間に走行した距離は約四メートルになると云うのであるから、その間の走行時間は〇・五秒に当る計算となる)、直ちに左にハンドルをきり急ブレーキをかけ、一・一六秒間に前認定の位置に停車させることに成功したのであるから、前記人間の動作意思の発生と身体的動作の始動との間に存する生理的な時間差とブレーキの始動から発効までに要する時間とを考慮に置けば、その間における訴外清光のみぎ控訴人車の運転に過失があると云うことはできないからである。

本件事故発生後訴外清光が呆然自失していた事実を認めるに足る証拠はなく、仮りにみぎ事実があったとしても訴外清光の控訴人車運転に過失がなかったと認定する妨げにならない。そのほか、この点に関する被控訴人の見解は採用できない。

(三)  被害者および運転者以外の第三者の過失があったことについて。

≪証拠省略≫によれば、訴外佐藤保男は第一種原動機付き自転車の運転免許を持たないで訴外車を運転し、訴外車のような小型の車の荷台に被害者亡金光旭を乗せているにもかかわらず本件事故現場のような見とおしの悪るいカーブを六〇キロメートル毎時の高速度で走行し、センターラインをこえて対向車の車道に大きく進入したのであり、被害者亡金光旭は訴外佐藤保男が無免運転をすることを知りながら、同訴外人運転の訴外車の荷台に同乗し、訴外佐藤保男の前記高速度の無謀な運転を阻止することができる立場にありながらこれを阻止しなかったことを認めることができる。したがって、本件事故は専らみぎ被害者亡金光旭および控訴人車の運転者以外の者である訴外佐藤保男の過失によって発生したものであると判断するが相当である。

(四)  控訴人車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことについて。

≪証拠省略≫によれば、本件事故発生当時、控訴人車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを認めることができ、みぎ認定を覆すに足る証拠はない。

(五)  以上で判断したように、本件事故に関し、控訴人には自賠法三条但書所定の免責事由が完備しているわけであるから、控訴人は被控訴人らに対しみぎ事故によって被害者亡金光旭および被控訴人らが被った損害を賠償すべき責任を負わない。

三、結論

以上の理由により、被控訴人らの控訴人に対する本訴請求は他の争点について判断するまでもなく理由がないこと明らかである。以上の判断と異る原判決は不当であるので、これを取消すべく、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 長瀬清澄 古崎慶長)

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